序章「きもちのゆいごん」ができるまで

はじまりは「家族史」でした

ウィルウィンドでは、これまで「想いを次の世代につなげる」ことを掲げ、 多くのご家庭の「家族史」を作るお手伝いをしてきました。

家族史とは、ご本人が一方的に発信する「自分史」ではなく、 お子様やお孫様から「ご両親の人生を知りたい」「祖父母様の歩みを知りたい」という依頼を受け、 第三者であるウィルウィンドがお子様やお孫様に変わって 「聴き手」としてご両親や祖父母様にお話をうかがい、 それを形にして(多くの場合本にして)依頼主につなげるサービスです。

今回「きもちのゆいごん」というサービスを作らせていただいた背景には、 多くの家族史のお手伝いをしてきた中で、 「次の世代に想いをつなげる」ためにもっとシンプルに、もっと安価に、 もっと誰もが残せるサービスとして提供することはできないだろうか、 と考え続けてきた5年を超える実績があります。

多くの家族史のお手伝いをする過程で、悲しい運命をたどった、 いわゆる「自分史」というものともたくさん出会いました。

「知りたいことが一つも書いてありませんでした」(45 歳男性)
父の病気を期に、自分史を書いてほしいとお願いしました。原稿用紙20 枚くらいの父の生い立ちを書いた自分 史でした。自分史の内容は仕事が中心でした。しかし時系列にその内容が書いてあるだけで、その仕事を選んだ 理由や、何を思って仕事をしていたのかはほとんど書いてありませんでした。さらに自分自身や家族に対する想 いにはふれていませんでした。いい親父でしたから、家族のことを考えていないとは思わないのですが、結局知 りたいことについては一つも書いてありませんでした。

「一代で会社を興した母から自分史を渡されました。読むつもりはありません」(40 歳女性)
いつも耳にタコができるほど説教臭い母が、私が耳を貸さないということが理由なのでしょうか。自分史を作っ たと言って送ってきました。また、それを多くの人に渡しているようです。自己顕示欲の塊のような母に、私は 反発して生きてきました。これから先も読むつもりはありません。

「読まずに処分してしまいました」(73 歳男性)
この歳になると友人からたくさん自分史が送られてきます。申し訳ないと思いながらも、先日、たまりにたまっ たものを、読まずに処分してしまいました。彼らの人生には申し訳ありませんが、そこまで興味があるものでも ありません。みな、なにを思って送ってくるのでしょうか。

人生を振り返り、生きた証を残したいと思ったのに、受け入れられないのはなぜでしょう。

悲しい運命をたどってしまう自分史。その最大の原因は、
「目的が明確でないこと」
「読み手が明確でないこと」
「読み手が知りたいことが書かれていないこと」の3 点です。

一方、とても素晴らしい自分史や家族史ともたくさん出会い、 またそれらを作るお手伝いもさせていただきました。 以下はウィルウィンドでお手伝いさせていただいた家族史に寄せられた声の一部です。

「家族の絆が強まりました」(60 歳男性)
18 歳で家を出てから、冠婚葬祭でしか実家に帰りませんでした。 気が付いたら、父は他界して17 年。そして80を超える母について何も知らない自分に気がつきました。 父との馴れ初め、母は何を幸せに思って生きてきたのか、母にとって父はどんな人だったのか、そしてなぜ、自分たち、つまり、子どもたちの誕生日を祝ってくれなかったのか…。 自分では聞けないことを第三者に聞いてもらって形にしました。 「母」という人間を、子どもにも伝えていくことができるようになりました。 家族の絆が強まりました。

「お金より大切なものを残してほしいとお願いしました」(58 歳女性)
母は現在年金をもらいながら、好きな源氏物語の研究に明け暮れています。 母の人生を子どもや孫に残したいと思いました。 中途半端な遺産をお金で残すくらいなら「遺産の前借り」をさせてほしい。 そうお願いして、母の貯金の一部を拝借し、母の人生を第三者に聞いてもらって形にしました。 お金には変えられない遺産を母からもらいました。

「日本の大叔父さんと大叔母さんの物語」(73 歳男性)
私たちには子どもがいません。 アルツハイマーの妻を18 年間男手一つで介護してきました。 妻の母は、10 人兄弟の末っ子。 カリフォルニアに住む日系大家族でしたが、義母だけ一人日本に送られました。 今でも、カリフォルニアの家族とは私が妻に変わって縁をつないでいます。 日本に渡った義母の子どもたちは、太平洋の向こうでこんな生活を送ったんだよ…。 妻の人生を語れるのは、今は私しかいないからこそ、カリフォルニアに住む親せきの子どもたちにメッセージを残しました。

これらの「家族史」が受け入れられた一番のポイント、それは
「家族史を残す目的が明確だった」ということ、
「メッセージを投げかける相手が明確だった」ということ、
さらに「読み手が聞きたいことが書かれていた」ということ。
つまり、読み手がメッセージを受け入れてこそ、はじめて未来につながる意味のある家族史ができるのです。

そしてこれらの家族史に決まって介在しているのは、しがらみのない「第三者」です。
残念ながら受け入れられない自分史の共通項は、「本人の独りよがり」です。 第三者が「聴き手」「繋ぎ手」「質問者」として入り込むことによって、 読み手の立場に立ったものを作ることができます。
そして、それが第三者であることによって、
家族だからこそ照れてうまく話せない話、
家族だからつい喧嘩になってしまう話、
家族だからいつかまとめられると思って永遠に終わらせられないものを、
一定期間で形にすることが可能になります。

「きもちのゆいごん」の誕生

ただ、これまでの「家族史」は、ご家族の意向を汲み取るために何時間にも渡る事前打ち合わせを行い、 そして語り手の方への10 時間を超えるインタビュー、さらにインタビューを元に100 ページを超える執筆を行うという、 多くの時間と手間がかかるもので、安価に提供することは難しいものでした。

次の世代が未来を生きる力になる、自分のルーツを知り、根っこを張った人間として頑張ることができる、未来のためにこんなにも大切なもの。 そのハードルをもう少し下げることができないものか。

そこで、すべての贅肉をそぎおとし(贅肉の中にこそ大切なことがたくさんあるのは重々承知の上ですが)、 「最低限これだけあれば」というエッセンスを家族史からぬきだして形にしたもの、 それが今回ご紹介する「きもちのゆいごん」というサービスです。

「きもちのゆいごん」の目的はただ一つ。
「あなたの生きてきた人生を、未来に向けて役立ててもらうため」

つまり、次の世代が「同じ失敗を繰り返さないため」「同じ喜びと幸せを味わうため」 「熱き想いや志に感じるところがあれば、それを引き継いでもらうため」 「いのちのつながりという時間軸を感じた上で、未来を作っていく担い手となってもらうため」。
そして、そのために必要な最低限の質問を10 個、厳選して投げさせていただきます。

多くの方が、お子様やお孫さんにメッセージを残されます。 またお子様がいらっしゃらない方は、友人であり、夫や妻であり、 まだ見ぬたとえば東京に住む100 年後の二十歳の学生に向けて…、 というように具体的な対象者を決めてメッセージを発せられます。
そのたった一人の心に届けるために、「適切な質問」をさせていただくこと、 そして、きもちの行き違いが発生しないように「交通整理」をさせていただくこと、 それが、ウィルウィンドの役割です。

そうしてつながった想いは、未来の世代が決して無駄にはしないでしょう。

最近物忘れが激しくなった母。もしかしたら認知症ではないかと病院に連れていくと、まだ判定不能の予備軍とのこと。 母はまだまだ大丈夫だと言うものの、これをきっかけに「きもちのゆいごん」を作ってほしいとお願いしました。 完成したものを見て、あんなに母といろいろなおしゃべりをしていたこの私でさえ、 母が何を考えて生きていたのか、ほとんど知らなかったのだということがわかりました。 それに母と私はとても似ているということも新たな発見でした。 私は自分の子どもに母から受け継いだ家族への愛を、存分に注いでいきたいと思いました。

「おじいちゃんのことをはじめて知りました」(18 歳男性)
大好きなおじいちゃんだったけれど、私はおじいちゃんの人生について聞いたことがありませんでした。 「きもちのゆいごん」をつうじて、おじいちゃんがいつも言っていた「自分で考えろ」の意味がわかったし、 おじいちゃんにも自分で考えずに失敗した経験があったから、そういうことを言うんだということがわかりました。 おじいちゃんに戦争のことを聞けたことは、日本人としてどう生きたらいいかということをあらためて考えさせてくれるきっかけになりました。

「きもちのゆいごん」の制作をつうじて、メッセージを託された人だけではなく、あなたご自身にもたくさんの 副産物がもたらされます。「きもちのゆいごん」サービスを受けられた方からの声です。

「希望を感じました」(74 歳男性)
過去を振り返ったのに、こんなにも未来への希望を感じるとは思いませんでした。 私の今の考えを形作った原体験を振り返ることで、これからの人生をもっと豊かに生きる力が、みなぎってきたような気がします。 私自身、次の世代に想いを託しきる前に、まだまだできることがあると感じました。 毎年「きもちのゆいごん」を更新していきたいと思います。

「あらたな家庭を築く娘のために」(57 歳)
子どもの結婚をきっかけに、私から渡せるものはきちんと渡してやりたいと、自分自身を振り返ってみました。 祖母の苦労、母の苦労があって今の私がいるのだということを、あらためて考えるきっかけをいただきました。 この想いを娘にも引き継いでやれるのは私しかいません。 娘が新しい家族を育むとき、いいところは参考にしてもらえればと思っています。

振り返るよいきっかけになります。一番大切にしてきた価値観を見直すことができるでしょう。 人生にはいつか終りがきて、「自分がいない未来」というものがあることにも、向き合うことになるでしょう。 そしてご自身の中に、ご両親や祖父母様からいただいたいのちが脈々と息づいていることを実感していただけるかもしれません。

「きもちのゆいごん」は一歩先に生まれた誰もが、次の世代に託すべき一つの責務であり、愛の形です。

そのことの大切さは、今は亡きご両親や祖父母様に「聞いておけばよかった」と思うことを 必ず一つや二つはお持ちのあなたご自身が、きっと一番わかっていることではないでしょうか。

そしてそのために一番大切なメッセージは、けっして大げさなものでなくていい、本などにまとめなくてもいい、 分量も多ければいいというものではなく、大勢に配って歩く必要もない。 もちろん、お金をふんだんにかければいいというものでもない。

私たちの願いが、世代を超えて大切な人に届くことを、心から願ってやみません。